活力朝礼15【律儀な人】
念を入れて生きる
些細なことだが、こういう律儀な人がいる。
●自転車が横倒しになっていたら立ててあげる。
●足元にゴミが転がっていたら拾ってごみ箱に入れる。
●ファミレスで会計するときは「ごちそうさま」をいう。
●車で合図をしてくれたら、軽く頭を下げる。
誰が見ているわけでもなく、誰から強制されたことでもない。
したがって、そうしたからといって、誰もほめてくれないのだが、こういう振る舞いをごく自然にやれる人は、本物の社会性を身につけている。
一つひとつを見れば、どういうことのないものばかりだが、できる人とできない人いるのはなぜか。
社会性への自覚があるかないかの差なのだ。
社会性をひと通り身につければ、黙っていてもそれだけで人間的魅力度の平均点はとれるのだ。
小さなこと一つひとつを、揺(ゆる)るがせにしないで生きることはとても大事だ。
なおざりにしない、おろそかにしないこと。
それは例えば…
それは、小林正観さんの言う、「念を入れて生きる」という生き方。
「念」という字を分解すると、「今」と「心」と書く。
今、目の前にいる人、目の前にあることを大事にする心のこと。
つまり、目の前にいる人に喜んでもらう生き方。
愚痴や悪口や不平不満を言わず、明るく感謝の心で接すること。
一瞬一瞬を念を入れて生きたい。
朝会社に入ってくる時の挨拶も「社会性」。周りを暗くさせる挨拶と誰かを元気にさせる挨拶。どちらが「社会性」を身につけた人でしょうか。気づけば学ぶ。学べば行動を変える。行動が変われば人生が変わる。